30代独身、高校生くらいから漠然と死にたいと思っています。
今すぐいい方法があれば実践したいのですが、
痛いことが苦手で失敗が怖いため再度実行に移せていません。
不器用なので過去ODと首吊りに失敗してしまいました。
自分語りが入ってしまいますが、
ずっと死ぬことについて、自殺について自分が思っていることをまとめたいと考えていました。
ずっと死にたいはずなのに恐怖心が原因で死ねないことについて
少しの苛立ちを感じていますが、心の奥底ではやはり複雑な気持ちがあるのかもしれません。
※個人的主観です、自分の意見として考えをまとめているだけです。
自殺ほう助にも関係ありません。
自分のことを説明するとしたら
Fラン、発達障害、境界知能、ADHD、障害手帳有
今でも心療内科とカウンセリングに通っています。
WAISを2回ほど受けましたが結果はどちらも芳しくなく、
ここで発達障害、境界知能、ADHDの可能性が高いとの診断が出ました。
あとは感謝している部分もあるけれど自分にとっては毒親だと感じ、
転勤族だということもあり15歳で祖母の家に行き
そこからは親と一緒に住んでいません。
20代の頃は今よりも危うくて、こうしてPCに向き合う時間も持たない・持てないほどに
働き、出歩き、そして稼ぎを浪費していたのだけれど、
それも30代になりここ1年でだいぶ落ち着いてきました。
周りの人に死にたいことや支離滅裂なことを言いまくっていたので、
事件に巻き込まれなかったことが不思議なくらい危ない人だったと思います。
本当に迷惑な人間で申し訳なく思っています。
10代・20代の頃はかなり外に出歩いていたのですが、
30代半ばに差し掛かりここ1年くらいで逆に引きこもるようになりました。
出歩くことに飽きてしまったということと、
趣味があったのですが趣味に熱中しすぎてしまう性格のせいで疲れてしまいました。
引きこもること自体がいいことなのか悪いことなのかわからないです。
こういう風に死についてまとめてしまっていたり、
身辺整理を始めている辺りあまりいい方向とは言えないかもしれないです。
最近は友人関係もほぼ希薄にしてしまい、
今は楽だと感じていますが、後から後悔するのではないかと少し思っています。
「人間関係は大切だ」とよく見かけるからなのですが、人付き合いはとても疲れますね。
死ぬことができたら後悔もしないのですがこのままずっと希死念慮を持ったまま
生きてしまうと、のちに人間関係をもっと大切にすればよかったと
後悔するのではないかと漠然と考えてしまいます。
・そもそも私はなぜ死ねないのか
単純に恐怖や痛みが怖いからです。
死にたくなるようなとても悲しい思いをすれば死にたくなるかもしれない、
自殺に踏み切れるかもしれないと思っていたのだが、
再度自殺行為をしていないということは自分の行動がまだ足りないのかもしれない。
恐怖心と痛いことが嫌だと思ってしまう感情だけで
今後何か病気・事故等がない限り続いていく人生は辛いと思ってしまいます。
最近「タナトフォビア」(死恐怖症)という言葉を知りました。
もしかしたら私も「タナトフォビア」に当てはまるのかもしれません。
・死にたいと思う理由
生きていても意味があると思えない。
努力不足かもしれないが能力不足を感じるから。
来世があることが仮に確定していて、今世で頑張ったものが来世に引き継げると決定している、
あるいは頑張り次第で来世は極楽に過ごせると決まっているのならもしかしたら今世もっと頑張れるかもしれない。
またはサボったら地獄に行くと決まっていたら多少は頑張るかもしれない。
(頑張れるかわからないが)
頑張れば来世は安泰なのか今の状態ではわからないし、
(来世に記憶も持っていけないかもしれないのなら頑張っても意味がないと思ってしまう)。
頑張りたいけれどおそらく人から見たらもがいたいるようにしか見られないかもしれない。
IQ自体も低いし(数字は恥ずかしいので伏せます)
バカ真面目タイプなのでやっても人並み以下なのだ。
元の能力が低いことに辛いと思う原因があるのかな?
ポケモンに例えるならコイキング(弱いモンスター)がいくら
頑張ってもコイキングみたいな…
(ごめんなさい、今ポケモンに詳しくないから例えが古いです)。
頑張ればギャラドス(進化したら強い)になれるけれど、
とても頑張らないといけない。
はたまた努力の方向性が違うのか?
来世があるか不確定なのにこの世で頑張るのは辛い。
あと何年頑張ればいいのか、余命もわからない中生きるのは辛い。
何かで結果を残したり、楽しいこと、苦しいこと、生きていれば様々あると思うが
死んだら全て無になってしまう(かもしれない)のなら、
生きていても意味がないと感じてしまう。
現実では毎日仕事をして、
仕事時間以外ではそれなりに副業になりそうなものをやったり、
趣味のことをして過ごしてはいるけれど、
この一連の作業を続けて意味があるのかと疑問に思ってしまう。
ドーパミンがでることも多少若いころ試したが、
「まあ、もういいかな?」と思っている。
ギャンブルなどはその時は楽しいが、やっていること自体は意味がない。
自分にとって大金を使うことで身を削っている感覚が楽しいとは感じるし、
ここはたくさん語れる分野かもしれない。
何がいい時間の使い道なのか、悪い時間の使い道なのか。
別にどう時間を使おうとどうせ死ぬのだからどうでもいいと考える。
楽しいことをずっとしていても別にいいと感じるけれど、
その楽しいと言われていることに関してもなんだかどんどん楽しめなくなってしまう。
(例としてパチンコなら期待値を追い求めたり、競馬なら新聞片手に分析とか始めそうだ…
そしてその作業自体に楽しいと思えればいいのだが、辛いと感じてしまうことに原因があるかもしれない)
今を適当に生きることはできるけれど、
それも来世に引継ぎできるか確定していないのなら
それすらやめてしまいたいなーと思ってしまう。
貴重な資源、食べ物を使う必要もないし(詳しい仕組みに関しては全く無知なのだが)
自分がいなくなっても表面上誰か悲しいと一瞬は思ってくれるかもしれないが、
他人は他人なので別にそのこと自体すぐ忘れるだろう。
それなら今いなくなってしまったほうがいいと考えてしまう。
「頑張らなくていい」「逃げてもいい」という言葉もあるが、
普通に生きるだけでも頑張らなくてはいけないと思っている。
人にとって普通の基準が違うかもしれないが私が思う普通に生きるとは、
朝時間通りに起きて、ご飯を食べ、身支度をし、
働き、夜はお風呂に入って寝る。
この行動・行為自体が自分にとっては大変だし、日々頑張らないといけないことと感じる。
毎日寝起きはダルいし、嫌な思いをしながらも働き、お風呂にも入らないといけない。
これを何十年も続けるだなんて生きることは大変だ。
常に死にたい願望(希死念慮)がある。
それにプラスして何か結果を残したいと思えば、
結果を残せるような行動もしなければいけない(勉強や練習など)
そして仮に何か結果を残せたとしても、
死んだら全て意味がなくなってしまう可能性があるのならやるだけ意味がないと思ってしまう。
そうは考えるものの自分はやりこむこと自体にはハマりやすく、
例えばゲームだと100パーセントクリアにしないと気が済まなかったり、
お店のスタンプカードがあったら全部ためないと気が済まないタイプだ。
それに加えて不器用なのでこういう思考だと段々ゲームをしていても
趣味をしていても義務感が増してしまって辛くなる。
世界では大変な思いをしている人達がたくさんいるのに、
こうしてのうのうと死について考えていて申し訳ないと思う。
死にたがりのはずなのに例えば事件が起きて犯人が目の前にいたら私は止めることができるだろうか?
死にたいのなら止めることが出来るはずなのに恐怖心がまさってしまい足がすくんでしまうのではないかと想像してしまう。
このまま単調な日常が続いていくことも怖いし、
ようやく少し穏やかになった自分の日常が壊れることも怖い。
今が自分にとって人生の中で一番穏やかで幸せだからこそ怖い。
苦労してもがいて生きた先に何が待っているのかわからないくらいなら死んでしまいたい。
屁理屈を言うなと言われてしまいそうです。
死にたいと思ったことがある人はどれくらいいるのだろうかと
ネットで検索をしてみたところ人口の2~3割程度だそうで、
私は「そんなに皆死にたいと思うわけではないのか」と感じました。
今後死にたいと思い自分で自殺するのか、
それとも事故死するのか、
はたまた寿命を迎えてしまうのか。
今の時点では何とも言えないしもしかしたら、
「ああ、死にたいだなんてそんなことも考えていたな!」
などいきなりハッピー思考になったりするかもしれない。
何が起きるかわからない世の中だからこそ今文章を残しておきたいと思う。
・いつから死にたいと考え始めたのか?
おそらく高校生くらいからだと思う。
もっと小さい頃は死にたいという感情より辛いという感情が大きかったと思う。
私が鈍感すぎて死ねば楽になれるということに気づいていなかった。
私の家は特殊で細かい部分は省略するが、
家にいても全く落ち着かなくいつもビクビクしながら過ごしていた。
ネグレクトではなかったのだがDVも多く親の仕事の都合で転勤・転校も多かった。
(小学校3校・中学校2校)
DVの件で児童相談所などに通報すればよかったのかもしれないけれど、
通報したら親は仕事を失うかもしれない。
そしたら矛先が自分に向くと怖くて通報できなかった。
よく祖父母にも怒鳴っていて祖父母も逆らえなかったのではないかと思う。
暴力やすぐ怒鳴るなどの行為が嫌で転勤族ということもあり
高校は転校したくないなど理由をつけ交渉したら、
3年間祖父母家に住ませていただくことになった。
放任主義だったのでその点に関しては非常に快適だった。
私が家を出たのち母は鬱と更年期が悪化してとても体調が悪くなってしまった。
どうすればよかったのかと今でも思うことがある。
そして交渉をしたのちFラン大学に行かせてもらい、新卒で営業職
をして鬱で比較的すぐ退職。
そこからはキャリアにつながらない仕事を転々とし今に至る。
かなり厄介なメンヘラモンスターが出来上がってしまった…
以前大人になってから親から届いた辛辣な内容の手紙をX(旧Twitter)に載せたところ、
1000いいねくらいいただき様々な引用リツイートもいただきました。
今はツイートを消してしまいましたが、
引用リツイートしてくださったお言葉は残してあります、本当に感謝しております。
・自分が生きづらい原因
自分なりに自己分析してなぜ自分は死にたがりで生きづらいと感じてしまうのかを考えてみた。
・なんでも根詰めてやりたくなる
(趣味であっても仕事であってもやりたいと思ったら全力でやらないと気が済まない、
ほどほど、適当にと言うことが出来ないし加減がわからないから仕事も趣味も辛くなる)
・要領が悪い
・すぐ影響を受ける(例えば悲しいニュースや悲しい映画など影響を受けやすい)
HSPの傾向はあるかもしれない。
自分はただの努力不足なのかもしれないが慢性的に病み癖がある。
まだ10代、20代の頃よりはマシになってきたのだが、
今でも病みやすいので気を付けなければ…
・うつ状態がひどかったときどんな症状だったか
人によって違うとおもうが、
一番鬱だったときはとにかく頭が回っていなかった。
自分では動きたいと思っているのに、動作が遅かった。
仕事中涙が普通に出てきて、人をびっくりさせてしまった。
(怒られていたとかではなく)
でも泣いてしまったから他の人にも「メンタルやばそう」と思われ、
自分は休職や退職する予定ではなかったのに、
身体もあまり動かなくなり、
病院に行ったら診断書を出していただき休職に。
もともと離職率の高い職種だったから以外とスムーズだった。
具合悪いときの検索履歴は
・倦怠感
・ダルい
・希死念慮
など。
特に倦怠感がひどく、朝は特にだるかった。
夜寝る前の何時間かだけ少し元気になってきて、就寝時間という感じだった。
あと私は鬱の時期が少し抜けたら過眠で常にとても眠く、
待ち合わせがあったら「家にいたら寝てしまい時間に遅れる」と思い、
(実際に約束時間に遅れてしまったことがあり申し訳なく思っている)。
待ち合わせ時間の1.2時間前には待ち合わせ場所について
カフェなどで時間を潰していた。
過眠の辛いところは、
寝すぎると身体や頭がすごく痛くなるところだ。
眠い・寝る→身体が痛くなる→でも眠い・寝る→すごく身体が痛くなる
の無限ループに陥ったことがあるので、
ご注意ください。本当に辛かった、特に頭がすごく痛かった。
あとよく泣いていたのだが泣きすぎも頭が痛くなるし、
泣きすぎると吐き気がすることがあってそれも辛かったです。
自分としては泣きたいわけではないのですが、
なくこと以外にも心と身体が乖離していて怖い現象に苛まれることが多かったです。
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これを書いている今はだいぶ症状は改善されたのですが、
書いていても若干具合悪いし思い出せない・思い出したくない部分もあるのですが、
こういう思いをしてよかったと思う部分が少しはあるものの、
騙されやすいのでこういう症状で悩んでいるという人に必要以上に同情してしまったり、
困っている人を助けたくなるのですが、
自分が騙されたりお金を取られたりしてしまうのではないかと妄想してしまう…
能力不足で人が嘘をついているのか、
それとも本当なのかなかなか見抜けないし、
遠回りに忠告してくれていることも感じ取れない部分があるので、
この点とても生きづらいと感じています。
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何事についても「ガチャ」で例えることがありますよね。
あとは自身に配られたカードで勝負するしかないなど。
日本に産まれた時点で幸せといいますよね。
あとは今の時代インターネットがあるからネットをきっかけに有名になり
お金を稼ぐことができる機会にも恵まれていると言えるこもしれない。
どの環境でも工夫次第ではそれなりに楽しむこともできるかかもしれないし、
考え方次第なのかもしれない。
そうは思うがいつか終わる未来が決まっているのに、
工夫して頑張り続けるのは厳しい…とグルグル思考に陥ってしまう。
常に悲観的で虚無感です。
情弱ビジネスに大いに引っかかってきた自信もあるし、
これから年老いてもっと生きるのが大変になるだろう。
日頃の行いのせいですが手持ちのカードも少なく不安になります。
死について、自殺について考えていることや思ったことをまとめたいと思い
こうして記事を書いていて、
文書を書きながら考え方を整理し、人生を見つめ直したいと思いました。
一応縄は手元にあるので、いつでも実行はできますが
ただ不器用だからうまく結べるのか?本当にこの縄切れない?と考えたりもする。
ODは失敗してしまったし、
包丁を喉にあてたりもしてみたが家庭用だと無意味だった。
・色々考えたのち一般的な方法だと首吊りが一番かなとは思っている。
凍死も考えたが難易度が高く感じるな…
飛び降りだと失敗したときに怖い、失敗しなければ飛び降りがいいのだが。
ちなみに死にたいと思っている人はどれくらいいるのだろうか。
ネットで調べてみたところ全国自殺者数は年間約15000人前後
(年度によってかなり違いはあるだろうが)らしいです。
こんなに長年死について考えていても未だに目標達成はできないし、
以外といつの日かあっさり目標達成してしまうのだろう。
恐怖心や痛みを取れればいいのだが…
・一般人だとなかなか手に入らないと思うし、詳しくない。
もし仮に死ぬことが痛くない・怖くないことだったらもう私はとっくにこの世にはいないだろう。
そういう人は多いのではないか?と勝手に想像してしまう。
(違っていたらごめんなさい)。
どうして望んでもいないのに勝手に産まれてしまって死ぬことはこんなに難しいのか。
私の場合は鬱で動けなくなって少し回復したらたくさん働いてたくさん遊んだ。
たくさん動いて疲れると、疲れのほうに考えが向くから。
家にずっといると辛い思いがよみがえってきてしまい、
家にいることが出来なかった。
自分の人生は比較的辛いと感じることが多かった。
もしかしたら希死念慮のルーツはここからきているのかもしれない。
基本何かに依存気味だったのだが、
依存する前に根本的な悩みを解決することが先だと思う。
でもそれが難しいけれどね。
全部簡単に解決するわけではないし、
世界は全て白か黒というわけではないしグレーの部分も存在するよね。
それに気づくことがとても遅く、
私自身今でもすぐ白黒はっきりさせたい性格ではあるけれど。
何かに夢中になる(ふりをする)ことが現実逃避だっなあ。
あと不安なこととしては妄想が飛躍しすぎと思われるかもしれませんが、
いきなり捕まってしまったり、逃げ出せなくなってしまったりして
自分で自分の生をコントロールできなくなってしまうことに対しての恐怖もあります。
拷問はとても痛いから、その前に自害したいと思う気持ち。
今この幸せで平和なうちに死んでしまいたい、
これ以上辛い思いはしたくないですね…
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結婚・子どもを持つ予定はないし、自分は家庭を持ってはいけないと思っています。
子孫繁栄できなくてごめんなさい。
これは自分への戒めのために書いておきます。
色々書いてきましたが
痛みへの怖さが恐怖心があり死ねない、
だが死にたいと思う気持ちでぐるぐるしている。
ということで一度締めくくらせていただきます。